秋の陽もとうに落ち、夕食時間もそろそろ終わる頃。

 ノックをして会計機構の部屋に入ると、そこには一人分のシルエットしかいなかった。

 

「あぁ ‥‥‥ 臣、帰ったのか 」

 

 女性と見紛うほど端麗な容姿を持つその青年は、今まで目を通していた書類から視線を上げ、入室者に声を掛けた。

「はい、郁」

 ニコニコと ―――― そう返したのは、「臣」と呼ばれた青年。

 

「彼を、お招きしておきましたよ。話をしたら、快諾してくれました」

 あなたの指示したとおりに、と表情に込めて。

 彼 ―――― 七条 臣はその微笑みを浮かべたままドアをパタンと閉めて、西園寺 郁の元に歩を進めた。

 

 

 

   【 1. The First Contact  】

 

 

 

「ご苦労だったな」

 

 あまり労っていないような声音だが、至極満足そうに西園寺は言う。無論、七条の方は全く気にする風もなく話を続けた。

 

「なかなか、好感の持てる人ですね」

 空になっていた西園寺のティーカップを見つけるや、それを手にして奥の給湯室へ持っていく。

「お前も、そう思うか」

「はい」

 カップとソーサーを、慣れた手つきで手際よくしまい終えて。ニコリと笑って、七条は濡れた手を拭きながら戻ってきた。

 

 まだほんの少ししか、言葉は交わしていない。が、それでも彼の人当たりのよさや優しさ、大まかな人格のようなものは見えてくる。
 尤も、人に対する好みがはっきりしている西園寺が話をしたがるほど気に入る時点で、七条には彼の為人(ひととなり)がだいたい推し量れていたのだけれど。

 持っていた印象とあまりにピッタリ当てはまるものだから、逆に驚いた。

 

 

「やはり、郁の言ったとおりでしたよ」

 処理し終えた書類を片付けながら、「そうだろう?」と西園寺も口の端に笑みを浮かべた。

 

 

 

「では、行こうか」

 言って西園寺は席を立ち、扉へと向かう。

「啓太を一人、待たせる訳にもいかない」

 

 それに従い、七条もそのあとをついていく。

 と ――――

 

「あぁ、そういえば ‥‥‥」

 不意に立ち止まって、何か困ったことを思い出したように小さく眉を寄せた。

「どうした、臣」

「見覚えのある人が、彼に付きっきりでした。一緒に来るかも知れません」

 

 曖昧な表現をするが、それが誰かというのは七条はちゃんと知っている。食堂の中で啓太を間違いなく探し当てられたのは、“彼”のお蔭でもあるのだから。

「誰だ?」

 そんなことなど知る由もない西園寺が、やや不満げに問うた。
 とはいえ、強く糾弾するようなことはしない。彼が、どこの馬の骨とも知らない男を自分の部屋に入れるようなことはしないということを知っているから。その点は信頼している。

 すると七条は、微かな苦笑と共に答えた。

 

「この学園の頂点にいる方です、無碍にする訳にもいきませんよ?」

 

 もちろんそれは、生徒会長ではない。
 “女王様”は“王様”を毛嫌いしているし、七条もそれを覆してまで招きたいと思うほどにはよい感情を抱いてはいない。

 

 そう考えていくと、辿り着く人物は一人しかいない。丹羽よりも、更にずっと上にいる ―――― 理事長・鈴菱 和希。

 

「“彼” ‥‥‥ か」

 聡く気付き、西園寺も皮肉めいた笑みを禁じ得ない。
 本来“生徒”より上にいるはずの“彼”が、今年に入ってそこに籍を置いていることは知っていた。

 学生数が少ない上に全寮制で狭いこの学校で、この春辺りから頻繁に廊下を歩いているところに出会う機会があった。最初に見つけたときは、さすがに2人とも驚きと呆れを隠せなかった。

 しかしながら、この秘密主義者の真実を漏らす訳にはいかないから、それなりに黙秘している。

 それに。

 いい歳をして ―――― と考えるだけで、何となく愉快に思えて。このまま生暖かい目で見守ってやるのも一興、と。

 

 そんな“彼”が、『転校生』に付きっきりだという。そこには何か特別な事情があるに違いない、ということは瞬時に察した。
 何の目的あっての事かも知らないし、別に詮索しようとも思わないが。

 

 

「そういうことなら、確かに拒むことはできないな」

 少々不機嫌そうながら、西園寺は一つ息をつく。

「でしょう?」

 

 そう応えた七条の背に、黒い羽と矢印の尻尾が、見えた。

 

 

 

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